いきなりですが
決して断捨離を極めた人がミニマリストなのではないと思いました。
断捨離®とは単にいらないものを処分する事ではなく
モノへの執着を捨てて、身の回りをきれいにすることで
モノによるストレスからの開放を図り、ひいては気持ちのゆとりを得ることで
快適な人生を手に入れることを目的としている考え方なんですね。
決してモノを否定してるわけではなくて、常にモノの新陳代謝を行なうことでモノに支配されない生活を送るための考え方であると。あってますかね?
詳しくはググってください。
ということで
偉そうなことを言っていた私ですが
断捨離についての理解が薄かったと反省いたしました。
やましたさん、ごめんなさい。もうしません。
そしてモノを極力持たないという考え方でもないのだなと。
異論はございましょうがモノを極力排除する生活をミニマルとするのなら
断捨離によって行き着いた先がミニマルでは無いと感じました。
これはまた違う考え方なのね。
モノの新陳代謝ってところがポイントでしょうか。
以上の記事の文中において使用している断捨離®ですが
お片付けと訂正させて頂きます。脳内変換でお願いいたします。
さらにタイトルにつきましても 脳内変換でお願いいたします。
以下文中も同様に 脳内変換でお願いいたします。
ということで
決して断捨離を極めた人がミニマリストなのではない。
と(自己満足による自己解決)させて頂きました。
またミニマリストとはモノに縛られない生き方、必要最小限のモノで暮らすひと
といった意味合いで考えさせていただきます。
ごみ屋敷の住人は断捨離お片付け出来ないミニマリストだと思う
そして私は思います。
ごみ屋敷の住人だってある意味ミニマリストではないのかと。
ごみモノに埋まっているかいないかだけで、そこには使わない、
そして溢れんばかりの ごみモノにより使えなくなった、または必要のないごみモノがあるだけで
ごみモノで制限されてはいるがその生活自体はミニマルなのではないでしょうか。
日常必要なモノ、使っているものなんてほぼ決まっていますから。
ごみ屋敷の住人には必要のないモノはそこに見えないだけなんですよ。
断捨離お片づけが出来ないミニマリストですよ、つってね。
見えないからストレスにもならないわけで、そこには障害は無いのかな、なんて考えてんですけど。
限界を超えてしまうとごみがあろうが無かろうが必要なモノがあれば何とかなるわけで。
っていうつまらないことをおもいつきました。っていうおなにー。
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